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エロス的文明

私はしばしば下部の話をえろく表現したりしますが、
それは決して私がえろいからではありませんw

エロスは生の力動、あるいは生の衝動であり、
生命の統一性を構築したりするので、
社会のダイナミズムの中心にあるものです。
決して単純にエロティックなものを表現してるわけではない。

文明は人間の本能や欲求を抑圧します。
仕事や労働(苦しみ)は遊びや文化(喜び)を抑制して、
社会の統合や安定を求めてきました。
ヘルベルト・マルクーゼは、
「性欲は、本来、『多形的・倒錯的』である。性本能の社会的な組織は、生殖に奉仕し、生殖を準備しないような性本能の現れを、すべて倒錯として禁止する。倒錯は、非常に厳しく禁止されなければ、文化の発達の土台になっている昇華に反抗するだろう」。
といい、文明によるエロスの抑圧を批判します。。。

一方フロイトも、
「罪悪感が、文明の発達に決定的な役割を果たしているとし、さらに、しだいに増大している罪の感情と進歩との相互関係を確立する。罪悪感が、文明の進歩にもっとも重要な問題であり、文明は、その進歩の代価として、罪悪感を高めることによって、幸福を失う」と主張する。

ところで、文明とは労働であり、
性欲や破壊の本能を抑圧することで発展してきます。
文化は、昇華が連続されることを要求し、それによって、文化の作り手であるエロスを弱める。そうして非性化は、エロスを弱めることで、破壊的な衝動を解放する。こうして、死の本能が生の本能を支配しようと努めている本能の遊離によって、文明がおびやかされる。諦めから生まれ、諦めの進行を通じて発展しようとしながら、文明は、自己破壊に向かっていく。

そこでマルクーゼの仮説は以下の通りであります。

◆エロス的文明の構想
・本能に過剰抑圧がない。労苦なしに満足が得られる。
・労働日を短くすることが自由のための条件である。
・支配からの解放。「快楽原則と現実原則の敵対的な関係は、快楽原則にとって有利なように変えられるだろう。そうしてエロス、つまり生の本能は、かつてみられなかったほど解放されるだろう。

しかしそうなると文明は野蛮状態に戻るのでしょうか?

「現在ひろく行なわれている本能の抑圧は、労働の必要から生じたというより、むしろ、支配の利益を守るために押しつけられた、ある特定な労働の社会組織から生じたものであり、抑圧は大部分、過剰抑圧である。だから、過剰抑圧の排除は、もともと、労働の排除ではなく、人間を労働の一つの道具にしようとする組織の排除に向かうのである。
もしそうだとすれば、抑圧のない現実原則の発生は、労働の社会組織を破壊するよりも、変更することになろう。つまり、エロスの解放は、永続できる新しい仕事の関係を作りだすことができるだろう。

ただ、彼はエロスの解放を芸術に昇華してしまいます。
これは結局、理論の中に根拠を持たず、
外から理想を滑り込ませることなので、
経験的には論理の破綻が生じてしまう。。

よく上記の文章を吟味して頂くと分かると思いますが、
結局は現実の社会でそのままのエロスは、
解放の意志であり、自由な人間の本来の姿でもあります。

なので、株もえろくw
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