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正義とは?

実際に理想郷、ユートピアとは、
存在しないといわれています。
かつてマルクスも原始共産社会をモデルに、
共産主義という理想郷を夢見ました。。。
しかしながら、
以上のような社会は、
せいぜい15-30人の小規模の社会は、
しかも、親族か固い絆で結ばれてない集団には、
全く適応しないといわれております。。。

真友の構想は、
このような規模でしかも、
「皆で楽しく儲ける」といった、
共通了解が作用すると、
そこには存在しないユートピアではなく、
実存する理想郷になりうると信じております。。。

例えば、
以下のようなリベラリズムと、
リバタリアンやコミュニタリアンのeclecticismによって、
理論上は可能態になりうると思います。。。

まずはリベラリズムのロールズの正義論から抜粋してみました。

・「正義の原理」とは?
→第一にそれは、人々が自発的にアソシエージョンに参加しうるための条件をなしている。ある一定の構成原理をもったアソシエーションの構想が提示されたとき、すべての人がそこに参加してもいいと考えるためにその構成原理が満たされなければならない条件が、「正義の原理」なのである。その際、人々はあらかじめ平等で自由であると前提されている。ロールズが「公正(fairness)としての正義」と言うとき、「公正」という言葉で意味されているのは、自由で平等な人々が完全に「自発的な意志」のもとで合意するような取り決めだと言うことである。
→第二に、正義の原理のなかみは、「社会の基本的制度における権利と義務の割り当てのしかた」であり、それによって「協働の利益と負担の適切な分配を定める」のだとされている。協働の利益と負担をどう定めるかが正義の原理の主たる課題であることは、アソシエーションにおいて協働の利益が生み出されるからこそ人々はアソシエーションに参加するのだということからして当然のことだろう。ロールズはその定め方を「権利と義務の割り当てのしかた」というふうに特定化する。
→こうした二つの特性をもった正義の原理によって有効に規制されているような社会を、彼は「よく秩序づけられた社会well-ordered society」と呼んでいる。

詳しいことは省きますが、
彼の公正としての正義「論」は、
原初状態original positionという仮想を設定し、
しかもそこに住まう住民は無知のヴェールveil of ignoranceがかかっている。
さまざまな議論や批判があるが、
以上のような状態でしかも無知のヴェールで、
結局それを選ぶのは、
そこら辺に存在する太郎さんではなく、
仮想的な当事者である。。。

以上の点は、
完全競争市場や最大化原理によって構成されている、
透明(とされる)市場と同じ構図である。。。

我々の人間は、
理想によって、あるいは当の個人の外に存在しながらも、
しかも個を拘束する、社会的なルールや規範によっても、
しばしば行為するが、
多くは、生身の人間として、
目の前の状況を伝統的にあるいは感情的に判断する。
果たして、目的または価値合理的に行為する人間は、
どれくらい存在するのか?

なるほど。。。。
結局は、合理的で整然としたロジックで構成される、
理想郷は、
しばしば非合理的で実存する人間によってその在処が可能ではなかろうか。
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